全10回が終了しましたので、今回は、その著者である山中先生においでいただきました。
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◆「メディアリテラシー」とは?
昨年に『娘と話すメディアってなに?』という本を出版しました。大学の「メディアリテラシー」の講義のテキストになっています。
「リテラシー」は識字という意味です。近代のはじめに国民の識字能力を高めようということで、読み書き率をはかるために、「リテラシー」という言葉を作りました。日本も欧米も近代社会が完成したときに、国民の8割以上が字を読み書きできるようになりました。しかし、識字能力だけでは、コミュニケーションに十分ではなくなってきました。
メディアが出てきたためです。メディアを自由に使って、メディアから発信されてくる情報を、きちんと読み取る能力が必要なのではないかということで、近年デジタルネットワークが普及していくなかで、注目されるようになった概念です。それが「メディアリテラシー」です。
◆“識字”ということに関して、聴覚障害者の方が以前、「文字は記号にすぎない」とおっしゃられていましたが・・・
メディアリテラシーの考え方も同じです。私たちは、文字に頼らないで、映像や音声、いろいろな情報とメディアを使って接することができますね。「文字はもういらなくなった」という考えも一部にありますが、映像も音声も実は記号です。私たちは、文字という記号からは自由になったかもしれませんが、映像や音声という新しい記号に包まれて生活するようになりました。記号が私たちのまわりを取り囲んでいるという状況は変わらない。記号を運んでくるメディアを読み解こうという能力ですね。
◆なぜ「メディアリテラシー」が言われるようなったの?
1990年代、ひとつの傾向として、北米のメディアが挙げられます。当時、北米では、公平原則というのがあって、社会的に公平なメディアであるべきだ、という(日本の放送法などにはまだ残っている考え方ですけれど、)中立的に放送しないといけないという原則がありました。電波は公共のものだったからです。
ところが、インターネットやケーブルテレビが普及して、チャンネルが無限大に広がる可能性が出てきました。1990年代のアメリカのレーガン政権以降の規制緩和の流れが、放送の世界にも入ってきました。そして、放送の公平原則を撤廃してしまいました。
それまで、新聞社やテレビ局は共通の資本を持ってはいけないという規制がありましたが、巨大な資本が放送局や新聞局をすべて持つという傾向になりました。
日本も10年ほど前にそのような傾向になろうとしました。新聞社と放送局が同じ系列を持っているというメディアコングロマリットという巨大なメディア資本が登場してきたのです。
日本の放送法は、戦後アメリカが作ったものです。なので、国営放送は禁止されています。NHKは、法律で規定されていますが、国家のものではありません。協会ですから、民間放送だという位置づけです。予算を国会で審議して、通すという形です。国のかかわりはそこでしかありません。
放送法がある以上、総務省は、放送が中立的に行われているかいつもチェックしています。政府機関の放送に対する圧力だという批判がされてきました。
アメリカは、公平原則を取っ払ってしまったので、自由に放送してもよいということになりました。どんな偏った放送をしてもいいということになったのです。
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◆メディアコングロマリット
メディアコングロマリットでは、映像も、文字も、週刊誌も、テレビ局も、ケーブルテレビも、ゲームメーカーも、映画も、みんな1つの資本傘下にあるということです。資本傘下にあるということは、売るということも入りますし、売るためのコマーシャルも入ります。消費の世界ですから、誘導されてしまうということになります。
テレビ局は、報道の機能を失ってしまい、視聴率のためにニュース番組よりエンターテイメントばかりになってしまったりしています。イラク戦争の例は顕著です。
その大きな規制緩和の流れに対抗して、90年代に出てきたのが、メディアリテラシーの考え方です。規制が撤廃されたということは、法律が公平な情報かということは判断してくれないのです。市民1人1人がやりなさい、「かしこい消費者」になりなさい、ということなのです。
北米では、ヒトラーのナチス政権の時代に逆戻りしてしまいそうな勢いさえあります。新しい放送法を作ったように見えますが、昔の放送のようになってしまったということですね。国営放送ではありませんが、全部がお金儲けのために走ってしまうという傾向を持ってしまったために、報道の偏りが起こりました。
インターネットなどでは、ヘイトサイト(憎しみの塊)というものが出てきました。たとえば、「ユダヤ人のホロコーストはなかった」というものや「黒人のアフリカ系アメリカ人の人種差別を繰り返すようなサイト」などです。日本でもありますよね、「中国をものすごい批判する」とか。
◆「新しいメディアを使えるようになる力」と「読み解く力」
知らない間に子どもたちがアクセスして、その情報を信じてしまうということが起こっています。情報を自由化する、だけど、そういう情報に惑わされない市民を育てないとならないということが大切です。教育の世界でメディアリテラシーの考え方が出てきたわけです。
一方、国策として、インターネットの普及を図りたいと思っている文科省やメディア系の産業もあって、新しいメディアをどんどん買って、メディアをどんどん使いこなしてほしいと思っています。
「新しいメディアを使えるようになる能力」と「読み解く能力(批判的な能力)」。両刃の剣のようですが、この2つが一体になってメディアリテラシーという概念が出てきたわけです。
◆最近のメディア
ひとつのことを報道すると、一般の人たちは、そのまま受け取ってしまって、影響を受けてしまう。だから、メディアって強くて怖いものだという意識がありました。しかし、最近、少し取り上げ方が変わってきて、実際にメディアが流した情報をそのまま受け止めているかというと、決してそうではなくなってきました。
社会の大勢に順応に受け止めている人もいれば、反対に受け取る人もいます。例えば、学生のデモ隊で、学生と警官がぶつかっている。大勢に順応している人たちは、「学生はけしからん!秩序を守れ!」という意見になりますし、いつも国家の動きに疑問を持っている人たちは「表現の自由があるから、学生がんばれ!」「弾圧する警察はけしからん!」という意見になります。この2つは大体きっちり分かれていて、保守的な人たちと、リベラルな人たちの間で意見の対立があります。いくら報道機関が情報を流しても受け取る側は、2つの見方をしているのです。メディアの言うとおりになるわけではないということです。
◆スチュアート・ホールの考え方
スチュアート・ホールはイギリスのジャマイカ出身の移民の子孫のイギリス人の学者です。メディアの流す情報の読み取り方には3つあると言っています。
1.支配的読み・・・それをそのまま受け取るという大勢側にひきつけられる人です。
2.対抗的読み・・・大勢に反対する側にひきつけられる人です。
3.交渉的読み・・・ネゴシエーション。1と2の中間にあります。
一般の人たちはどちらにも属さない、いわゆる無党派です。その時々に自分の感性などを使いながら、第3の読み方をするわけです。
◆1980年代「中学生日記」の例
沖縄県宮古島にはじめて本土のテレビ放送(NHKだけ)が受信できるようになりました。島の中学生たちが、NHK名古屋制作の「中学生日記」を見ていました。中学生にモラルとか友情とか、文科省が推薦するようなフレーズを考えさせるために、作った教育番組ですよね。実際にどういう風に見ていたかという風に調査すると、よく先生にしかられたりしていた、ちょっと不良っぽい子のほうがよく見ていることが分かりました。彼らは、「中学生日記」に出てくる不良っぽい子どもたちのファッションを見ていたのです。ファッション雑誌もなければ、民放も放映されていないので、悪ガキのファッションを見て、チェックをして、着るということだったのです。
送り手側が考えていて意図したものと、受け手側のそこからくみ出そうとしたものはまったく違うということの一つの事例ですね。同じように私たちも、メディアが送り出すとおりに受け取るというのではなくて、自由に受け取ることができる。読み解く力さえつければ、どんな情報であっても、そこから真実をくみ出すことができるのではないかとおもいます。メディアリテラシーを普及させていく、身に付けていくべきだ、という大事な根拠になっています。
◆これからの社会において必要な力は?
今は本当にグローバルな世界になって、居ながらにして、いろんな情報を手にすることが可能になってきましたよね。単純に受け取るだけではなくて、それぞれがいろんな経験値の中で、読み解くことが大切であるということですね。
ねじ曲げられているものをもう一度元に戻して理解したりする能力が必要になってくると思います。ただ単に情報を発信するだけではなく、私たちのまわりを取り囲んでいる情報を、積極的に批判的に読み解いていく力を持たないと情報に引きずられてしまうと思います。
1人1人がメディアを使って、自分の意見を発信する。そのためには、伝統的な方法だけではなくて、今、様々な新しい方法が出てきているので、それを身につけて、発信する力を大きくしていく。市民が自分たちの意見や考え方を発信していく力になっていくと思います。そのようなことが組み合わさって、メディアリテラシーが次のステージに向かって開かれていくと思いますね。
◆そして、来週からは・・・
私のゼミの4回生の学生たちがこのスタジオから発信していきます。
ミキサー席に座り、マイクや音源を操作しながら、生放送で自分の意見や情報を発信します。みなさま、どうぞお付き合いください。