2010年08月25日

夏休み特別企画ラジオドラマによる連続大学講座「メディアってなに?」第6話

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第6話
ナニのメディア研究レポート〜メディアは阪神淡路大震災をどう報道したか
声の出演 
ナニ:佐藤まゆみ
ヤン:金千秋 
お髭のディレクター:日比野純一 
野生系美女のプロデューサ:吉富志津代
原作/脚本 山中速人
構成/編集 金千秋
今週は、ナニの研究レポート「メディアは阪神淡路大震災をどう報道したか」をお送りしまーす。聴いてね。
ある日、カモメFMに神戸のコミュニティFM局のスタッフたちが訪ねてきたの。災害が起こったとき、コミュニティラジオがどんな活動をしたのか、経験を交換しようというわけ。神戸も、一九九五年に阪神淡路大震災という大きな災害を経験しているでしょ。カモメFMと同様に、災害についてはとても関心があるのよ。プロデューサのヤンさんにお願いして、その交流会の隅っこにナニも座らせてもらった。言っておくけれど、神戸みやげのフロインドリーブのクッキー*0がお目当てだったわけじゃないよ。
神戸の局を代表してやってきた、長い黒髪が素敵な野生系美女のプロデューサ氏と巨体だけれど優しい目をしたお髭のディレクターさんは、とてもいいコンビだった。
♪野生系美女のプロデューサ「インタビュー録音」

お二人が報告してくれた話の中で、大震災が起こったときのテレビ報道についてのお話はとても興味深かった。普段、テレビは世の中の出来事の全部を見せてくれるって思っていたけれど、地震がおこったとき、それがウソだって分かっていったというの。ナニにとっては目からウロコ。それはこんなお話だった。
一九九五年一月十七日明け方、阪神・淡路をおそった地震*1は、五千を超える人命を奪い、大きな被害を出した。最初の震災ニュースはテレビからだった。地震が発生した時、ただひとつ生放送をしていた地元局は朝日放送(ABC)だった。地震のため、放送は数分間中断したけれど、すぐに回復。ADEESという自動速報装置から「東海地方に地震、震度、岐阜四」と最初のテロップが流れた。でも、おかしいでしょ、震源地は神戸なのに。その理由は、各地のデータの到着時間差のため、機械が震源地を間違えてしまったらしい。
でも、しばらくして、震源地は「関西」であると訂正が入り始めた。それでも、最大の被災地が神戸だとは伝えられなかったの。その原因は、NTT専用回線が不通になり、神戸海洋気象台の震度情報が送信されなかったから。その結果、テレビ画面の震度マップから神戸の震度が消えていた。テレビを観ていた人は、周辺の震度にまどわされ、肝心の神戸のデータが消えていることに気づかなかった。
その後、「神戸は震度六」の速報が全国に流れた。ところが、それを具体的に見せる神戸の映像が入らなかった。神戸ではテレビ局も被災して映像なんか送れなかったの。具体的な映像がないから、「神戸震度六」の情報もいつのまにか取り消されてしまった。被災地では、たくさんの人たちが命の危機に直面していたのに、テレビの中では、軽い被害のイメージが広がっていったの。
神戸から最初の映像が送信されたのは、地震発生から二時間が過ぎた六時五十分だった。最初に送られた映像は、NHK神戸放送局の室内を映した自動録画。民放も同じようなものだった。でも、地元大阪の各局は、直感的に関西が中心だと思った。関西テレビ(KTV)は、地震発生後数十分、テレビクルーを大阪の街に出したの。ところが、取材できた映像はイマイチだった。で、逆に被害を小さく見せてしまった。悔しかったよね。ポートアイランドという埋め立て島にある地元神戸のUHF局サンテレビは、連絡橋が壊れて職員が出勤できず映像を送り出せなかった。
ラジオ局は、もっと悲惨だったの。ラジオ局の大半は、大手テレビ局の子会社みたいだったから、独自取材ができず、昨夜作った、地震とは無関係なニュースの予定原稿を読んでいた。
テレビ局は混乱していた。被害の全体像がつかめない。情報網が寸断された今、気象庁や警察がくれる情報だけを放送するというふだんの体制が機能停止してしまったの。出勤途中で局員の多くが被災の現場を目撃していたのに、その情報を放送することができなかった。
八時台に入ると、多くのテレビ局が飛ばしたヘリコプターから映像が送られてきた。最初のヘリ映像は、大阪の毎日放送(MBS)が送った淡路からの映像だったの。NHKのヘリは、大阪から西へ飛びながら映像を中継し始めた。高速道路の橋桁にバスが引っかかっている映像が全国に流れた。しかし、レポーターを兼ねたカメラマンは、ファインダーを覗いたままだったから現在位置も答えられなかったの。
さらに、ヘリからの映像はとても偏っていた。崩れたビルや倒れた高速道路など大きなものばかりにカメラが向き、小さな庶民の家が倒れていることに気がつかなかった。その家の下にほとんどの犠牲者が埋まっていたのに。
暴風とか洪水とか、これまでの災害報道では、中継車からの映像は一番被害のひどい場所を映すことが多かったから、実際の被害より大げさなものになってしまうことが多かった。でも、阪神淡路大震災では、逆に特定の現場からの中継だけでは、実際より軽く見えてしてしまう恐れがあったの。ところが、テレビは、中継車の数やヘリの飛行ルートなどの制約のために、中継現場をいくつかの場所に限ってしまった。その結果、「震災名所」をリレー中継するパターンになっちゃった。その上、同じ映像を繰り返したから、ふだんの災害報道に慣れた視聴者は「なあんだ、いつもと同じだ」と錯覚してしまった。
正午をまわって、テレビが伝える死者の数は百人単位で増えていった。被災地では何万人という人々が避難場所を探して街をさまよっていた。被災者がほしかったのは、水や医療など、命と生活を守るぎりぎりの情報だった。でも、テレビにとっては、そんな被災者の個人的問題は、価値のないニュースみたいだった。刺激的な映像がほしかった東京キー局のレポーターたちは、燃え続ける神戸の街をバックにカッコよく文明批評を語ったりした。また、うるさい取材ヘリのせいで、生き埋めになった被災者の声がかき消され、救助の邪魔になったりした。そもそも、停電していた被災地では、テレビはただの箱で何の役にも立たなかった。
そして、ついに被災者のテレビへの怒りが爆発したの。現地入りした東京キー局の有名キャスターに石が投げられる事件*2も起こった。テレビ局には、抗議の電話が殺到したの。視聴者の厳しい反応に、テレビ局はCMを自粛。穴のあいたCM枠を埋めるために、「ゴミはゴミ箱に」みたいな空気の読めない公共福祉広告がテレビに流れた。で、テレビはますます視聴者の怒りを買ってしまったのよ。
神戸の人びとは、テレビがいかに現実とずれたメディアかということを知ったわけ。だから、地域に密着したコミュニティ・ラジオが必要なんだね。
神戸のコミュニティ・ラジオからやってきたお髭のディレクターはこんなお話をしてくださった。

♪お髭のディレクター「インタビュー録音」
わたしたちは、テレビが伝える情報が現実だと思いこんでいるのかもしれない。現実をテレビが伝えるのではなくて、テレビが逆に現実を作ってしまっているんじゃないか。大震災は、ふだんは気づかないテレビの素顔を人びとに認識させる貴重な機会になったんだね。

◆語句解説
フロインドリーブ*0 一九〇七年にドイツパン職人ハインリヒ・ブルクマイヤーが創設した神戸の老舗ベーカリー。
阪神・淡路をおそった地震*1 一九九五年一月十七日に発生した兵庫県南部地震。この地震による大規模災害で、六、四三七名の死者と四三、七九二名の負傷者を出した。


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2010年08月17日

夏休み特別企画ラジオドラマによる連続大学講座「メディアってなに?」第5話

第5話
「テレビがすべてを変えた〜強力効果の復活〜」その2
声の出演 
ナニ:三木華子 
教授:内屋敷保 
ヤン:金千秋
原作/脚本 山中速人
構成/編集 金千秋
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○ モノローグ 
テレビが人間生活を変えてしまった。先週はそんなお話の途中までだった。今週は、ナニのこんな疑問で番組は続きます。
ナニ 教授! ラザースフェルドの限定効果理論研究では、メディアの影響力は限定的なものだって言うことじゃなかったの? それとも、テレビ時代になって、メディアに対する人間の性質が根本的に変わってしまったのかしら?
教授 いや人間が根本的に変わってしまったわけじゃない。しかし、人間を取り囲むメディアのあり方が、質と量の二つの面で大きく変化したんだ。
放送技術の発達によって、人間は、テレビによっていつも包囲されるようになってしまったんだ。昔は、メディアは人間にとって情報を入手するための間接的な手段に過ぎなかったのに、今では、逆に、テレビが人間の生活空間の全体をおおいつくすようになってしまった。
たとえばね、昔の人は、明日の天気を知りたければ、夕方、西の空を眺めて夕焼けがみえたら、「ああ、あすはきっと晴れだね」と考えた。つまり、直接の環境に接することで情報を得ていたわけだね。ところが、メディアが発達すると、毎朝、目が覚めるとテレビをつけ、天気予報を見て今日の天気を知るんだ。つまり、環境に直接的に接するより先に擬似的な環境としてのテレビから情報を得てしまう。こうなると、まるで擬似的な環境であるメディアが、わたしたちにとって、直接の環境と同じようになってしまう。リップマン*10という研究者は、この変化を擬似環境の環境化と呼んだ。
ナニ つまり、テレビをとおしてしか人びとは出来事に接することができなくなってしまったということね。たとえば、朝はテレビに起こしてもらい、テレビの番組の時間にあわせて食事をして、朝の連続テレビドラマの主人公が失恋したら、まるで親友のことのように一日中気になって仕方がないなんて。とにかく、一日の大半をテレビとともに暮らしてしまうわけね。
教授 そうだね。他にも、たとえば政治家はテレビ映りを第一に気にするようになり、髪の毛を染めたり、こっそりプチ整形をしたりするようになったしね。それに、テレビで取り上げられる社会問題は、視聴者に分かりにくいテーマはさけられ、単純で短い時間にパッとコメントできることばかりが取り上げられるようになった。テレビ番組をつくる側も、観る側も、無意識にテレビというメディアの性格にあわせて考えたり生活したりするようになったんだ。
この変化の結果、一度は勢力を失っていたメディアの強力効果論がふたたび形を変えて復活してきたんだ。
ただし、むかしの強力効果論とはすこしちがう。昔の強力効果論は、放送されてから影響を与えるまでの時間を短く考え、放送する側の思惑通りに受け手の意見や態度が変わったかどうかを判断の基準にしていた。でも、新しい強力効果論は、もっと広い範囲の影響を考えたんだ。
たとえば、テレビの影響は、放送局のおもわくとは関係なく影響を与えることがある。つまり、無意識のレベルの影響があるんだ。また、短期的な影響だけでなく、長い時間にわたって蓄積するような影響もある。さらに、表面的な意見や態度の変化ではなく、視聴者の感じ方や考え方の基準を変えてしまうこともあるんだ。

ナニ へえ。そうなんだ。でも、それって具体的には、どんな場合なの?
教授 たとえば、ワイドショーなどを見ていると、容疑者の両親が無理矢理にテレビカメラの前に引っ張り出されて、レポーターにお詫びのコメントをしているようなことがあるよね。法律的には、親は犯人とは別の人格だから、罪に問われることはないのに、テレビはそれを許さない。このように、テレビは法律とは別の基準で善悪の判断を視聴者に刷り込んでいるんだ。
また、テレビは知らない間に、視聴者に特定の価値観を植え付けることもある。たとえば、テレビCMの中で、家事をする人がいつも女性だったとしたら、それを見続ける視聴者とりわけ子どもは、気づかない間に、家事は女性がするものという認識を育ててしまう。これをメディアの培養効果*13というんだ。
ナニ 培養効果。ようするに、きのこを培養するみたいに、テレビが人間の価値観や善悪の感覚をじわーっと育ててしまうわけね。
教授 そうだね。政治的な分野では、こんなこともあるよ。民主主義社会のテレビは、意見が分かれている政治的な問題について、特定の政党の意見だけを支持するような報道はしません。報道機関は中立的であるという原則を守ろうとするし、また、番組を作るときは、いろいろな政治的立場の意見を広く取り上げるよう気配りするからね。しかし、テレビが何をテーマに取り上げるかについては偏りがあるんだよ。つまり、今、何が問題で、何を議論すべきかという議題については、テレビが一方的に決めてしまう。たとえば、二〇〇四年の総選挙では、自民党党首の小泉純一郎さんが「郵政民営化」*14を争点に衆議院を解散して、総選挙を行った。テレビは、たしかに郵政民営化については、与党の意見も、野党の意見も公平に報道した。
しかし、決定的に違っていたのは、テレビでは、小泉さんのパフォーマンスに関心が集まって、郵政民営化問題に関心が集まったんだ。すると、テレビを観ている人びとは、この選挙で議論するべき議題は郵政民営化問題だと思いこんでしまった。その結果、郵政民営化以外のテーマを訴えた野党候補はつぎつぎに落選してしまった。しかし、選挙が終わった後、冷静に考えてみれば、あれほど大騒ぎしたのは、テレビの影響以外に考えられないよね。実際、選挙後の世論調査*15によれば、テレビを長くみていた人ほど、自民党候補に投票する傾向があった。つまり、テレビは、意見を変えることはしないけれど、何を議論すべきかという議題を決めるのに影響力を発揮するんだよ。これをメディアの議題設定機能*16というんだ。
ナニ 気がつかなかったよ。テレビはわたしたちが気づかないうちに、私たちの心の深い部分に大きな影響を与えているのね。ふだん何気なく見ているテレビだけれど、ただぼーっと見ていては、知らない間にテレビに支配されてしまうんじゃないかな。ナチスのプロパガンダの場合は、ゲッベルスのような仕掛け人がいて周到に準備していた。でも、テレビの場合は、仕掛け人がいない場合もあるんだね。でも、だからと言って安心できないんだよね。番組を作る側も見る側も気が付かないうちに、どんどんテレビがわたしたちのものの見方や考え方に影響を与えてしまうこともあるからね。
教授 最近の政治とテレビの関係は、テレビがもつ影響力を徹底的に利用しようとしているんじゃないだろうか。政治家が選ばれる基準は、テレビ映りがいいかどうか、メディア受けするかどうかで、リーダーシップとはほとんど関係ない。このようなテレビと政治との関係は、ケネディーとニクソンが戦った1960年のアメリカ大統領選挙から始まったと言われている。
しかし、そのテレビ政治の本家のアメリカで、政治とメディアの関係に大きな変化が生まれつつあるんだ。それは、インターネットと関係している。膨大な資金をつかってテレビで政治広告をする政治家がいる一方で、ユーチューブ*17のようなインターネットの動画サイトを利用して演説を流したり、フェイスブックなどのネットワークをつかって政策をアピールしたりして、ほとんどお金をかけずに、テレビを上回る支持を獲得した政治家*18が現れだしたんだ。ナニさんもよく知っているオバマ大統領だよね。そして、こんな新しいタイプの政治家を支えるのが、インターネットに馴染んだ若者たちだ。
ナニ そうだよ。ナニ自身を振り返ってみても、テレビみてる時間よりネットにアクセスしてる時間の方が長いもんね。きっとわたしたちが中年になるころには、テレビをみる人は年寄りだけになっちゃうかもしれない。
教授 そうなんだ。実は、テレビの広告料収入が減少しはじめているからなんだ。*19その原因は、いろいろあるよ。たとえば、ディスクレコーダ*20に録画して好きな時間にテレビをみる視聴者が増えつづけていることもある。これならCMを飛ばしてみられるからね。そうすると、企業はテレビ広告の効果がどんどんなくなっていることに気付き始めている。反対に、インターネット広告がどんどん増えているんだ。*21テレビがラジオや映画にとって代わったように、インターネットがテレビにとって代わる時代がそこまでやってきているのかもしれないね。
ナニ そうか、テレビの終わりが始まっているのかもしれないってわけね。そんな時代の中で、わたしたちは、どうメディアと付き合っていけばよいのだろうか。これからのシリーズで考えていきたいと思います。
 来週は、「メディアが現実をつくりだす?〜擬似イベント、ヴァーチャル・リアリティ、ハイパーリアリティ〜」というテーマでお届けします。来週も、ぜひ聴いてね。
◆語句解説
ウォルター・リップマン*10 (Walter Lippmann)一八八九〜一九七四年。アメリカのジャーナリスト、政治評論家。主著に『世論』(一九二二年)『幻の公衆』(一九二五年)ほか多数。
エリザベート・ノエル=ニューマン*11 (Elisabeth Noelle-Neumann)一九一六年〜 。ドイツの政治学者。ナチスを批判するジェーナリストとして戦時下を生きる。主著に『沈黙の螺旋』(一九七四年)など。
沈黙の螺旋(らせん)理論*12 (the theory of spiral of silence)メディアが同調への社会的圧力となることで少数派に沈黙を強い、その結果、世論を誘導していく過程を説明する理論。
培養理論*13 (cultivation theory)G・ガーナーとL・グロスが七〇年代に提唱した理論。テレビの長期に及ぶ効果として、子どもの態度や嗜好の形成に影響を与えるという理論。
「郵政民営化」*14 日本における郵政三事業である郵便、簡易保険、郵便貯金を民営化する政策のこと。
選挙後に行われた世論調査*15 二〇〇五年の総選挙時の読売新聞調査では、平日一日あたりのテレビ視聴時間が三十分未満の層では自民党に投票したのは四十%だったが、三時間以上の層では五十七%に達した。
議題設定機能理論*16 (agenda-setting function theory)M・マッカムとD・ショーが提唱した理論。メディアが報道する話題と人びとが重要であると考える話題との間に相関性があることを示した。
ユーチューブ*17 (YouTube)アメリカのベンチャー企業YouTube社が二〇〇五年に設立した動画コンテンツ共有サイト。
お金をかけずに、テレビを上回る支持を獲得した政治家*18 二〇〇八年のアメリカ大統領選挙で、民主党候補者バラック・オバマは、インターネットのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を駆使した選挙戦術で短期間に支持と資金の獲得に成功した。
テレビ広告料収入が減少*19 二〇〇七年の経済産業省の調査で、広告売り上げ高の前年比をみると、テレビ広告は、新聞と並んで、六・五%の減少を示している。
ハードディスク・レコーダ*20  (harddisk recorder) テレビチューナーを内蔵し、かつデジタルビデオ映像を記録、再生する大容量ハードディスクを搭載した情報家電。
インターネット広告が拡大*21 二〇〇七年の経済産業省の調査で、広告売り上げ高の前年比をみると、インターネット広告は十五・一%の伸びを示している。
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2010年08月12日

夏休み特別企画ラジオドラマによる連続大学講座「メディアってなに?」第4話

◆声の出演 
ナニ:三木華子 
教授:内屋敷保 
ヤン:金千秋
原作/脚本 山中速人
構成/編集 金千秋第4話
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第4話
テレビがすべてを変えた〜強力効果の復活〜その1 テレビってなんなの!

○モノローグ
ナニのラジオ番組が始まって三週目がやってこようとしていた。リスナーからの反響はまだ鈍い。いや、正直にいうと、電話もかかってこないし、メールも来ないし、もちろんはがきも、なーんにもこない。あれほど、気負って始めたのにね。なんだかがっかりしちゃうというか、気が抜けちゃうというか。
そんなとき、テレビ局が取材にやってくることになった。それも、キー局でお昼過ぎの時間帯に放送してる情報番組でとりあげてくれるっていうの。人気お笑いタレントがレポーター役でやってくるんだって。「すごい!やった!」
やってきたテレビ取材クルーは、四名。レポーター役のお笑い芸人、カメラマン、吊りマイクをもったビデオエンジニア*0、そして、ディレクター。とっても要領よさそうで、場慣れした感じのおじさんだった。
そのディレクター男は、ナニのような一見かわい子ちゃん風の女子学生が硬派なラジオ番組のキャスターをやってるところにばかり興味があるようだった。すごく丁寧なことば遣いにもかかわらずずいぶんと馴れ馴れしい態度で、取材にかこつけて、ナニの電話番号をきいたりした。ナニは、肝心のることを伝えてくれるのか心配になってきた。そして、だんだんむかついてきた。
打ち合わせが終わってインタビューの撮影になったとき、ついに、事件は起こった。ナニが首に巻いていた白いタオルをそのディレクター男がこともなげに言ったんだよ。
「そのカッコ悪いタオル外してもらえない?」
紺田さんからもらった大切なタオル。ナニはぶち切れた。
「このタオルが何を意味するのか知らないの? よりによってカッコ悪いタオルとはなんて言いぐさなの。このタオルがカモメFMのシンボルだってことを知らないってわけね。取材にくるんだったら、せめてそのくらいの予備知識をもってくるのがテレビってもんじゃないの? 黙っていたらいい気なもんね。そんじょそこらの女子学生じゃないのよ、わたしは。ホノルル帰りのナニっていうの。覚えておきな」
そういうが早いか、ナニは、手を伸ばして、吊りマイクのウインドジャマー*1の毛を思いっきりむしりとった。驚いてヘッドフォンをあわてて外そうとしたビデオエンジニアの横をすり抜けざま、ディレクター男のカッコつけた靴の上から足を思いっきり踏んづけてやった。それを無視して、ナニは、大切なタオルをきりっと首に巻き直して、決然とその場を後にした。
次の日、ヤンさんから電話があった。さすがヤンさん、ぜんぜん怒ってなかった。ヤンさんのいうには、テレビ局、いや正確に言うと下請けの制作会社から、謝罪があって、インタビューを撮り直すことになった。カモメFMには、前とは違うディレクターがやってきて、びくびくしながらナニのインタビューを撮影していった。
でも、今度こそ、きちんとしたインタビューにしたいと思っていたナニの期待は見事に裏切られた。テレビに映ったナニは、キャピキャピの女子大生以外の何者でもなかったから。そして、首に巻かれた大切なタオルは、トリミング*2.1され、テレビ画面からはすっかり消されていた。
ただ、面白いことに、ナニはそれから一週間、有名人になった。「テレビ見たよ」ってみんな声を掛けてきた。
そして、初めて番組に反響のメールが届いた。ナニは、嬉しかったって? いいえ、とても複雑だった。だって、そのメールは「ラジオでは声だけなので、どんな感じの子なのかなって気になってたけれど、テレビで見たら想ってたよりカワイイんだね」とかなんとか、そんな中身のないメールだったんだもの。そりゃ、聴いてくれないより聴いてくれる方が嬉しいけれど、ナニは、アイドルじゃないんだよ。いったい何を考えて聴いてるんだろう。
それにしても、テレビってなんでもテレビ向けのスタイルにはめ込んじゃうんだね。うんざりだよ。


○シーン2 スタジオ
ヤン「マイク入ります。マイクオン!」
ナニ はーい、みなさんお元気ですか。今週も、「ナニの連続ラジオ講座、メディアってなに?」の時間がやってきました。今回は「テレビがすべてを変えた〜強力効果の復活〜」というテーマでお伝えします。
さて、先週のお話では、資本主義のメッカ、アメリカでは、営利事業としてラジオがめざましい発達を遂げた。でも、ラザースフェルドは、人びとはけっして単純にマスメディアの伝える情報に直接的に影響されるわけではないという事実を明らかにしたというお話でした。教授! でも、そんな状況が、テレビの出現によって、大きく変わっていくのですか?
教授 そうなんだよ。テレビ放送が始まり、テレビが家庭に入ってくると、それまでのラジオとは違って、テレビは視覚と聴覚の両方を刺激する感覚系メディアだったから、人びとの生活や感じ方に圧倒的な影響を及ぼすようになっていった。
テレビの歴史は、ナチスが政権を握った一九三〇年代のヨーロッパに始まるんだ。最初の実験放送はイギリスのBBC*4が行うんだけれど、実用の定期放送を始めたのはドイツだった。一九三六年のベルリンオリンピックを中継したんだ。日本では、一九三九年にNHKが公開実験放送を行った。
テレビの世帯普及率*5は、日本では一九六二年に五十パーセントに達し、その後も、順調に伸びていって、一九七八年には、ほぼ日本の全世帯がテレビをもつようになった。このような事態は、日本だけじゃなくて、先進国すべてに広く共通する現象だった。いや、先進国だけじゃなくて、開発途上国も同じだった。年齢性別も貧富の差もほとんど関係なかった。
テレビが普及すると、人びとの生活スタイルや行動時間に変化が起こった。たとえば、一九五〇年代にテレビ放送が始まったアメリカ中西部のある田舎町*6では、こんなことが起こった。まず、人びとが夜の会合に参加しなくなった。その町の教会では日曜以外に水曜の夜にもミサを開いていたんだけれど、誰もミサには来なくなった。みんなテレビを観るようになったんだ。次に映画館やダンスホールなどの社交場がすたれていった。一方、理髪店や家庭での会話がテレビ番組の話題で独占されるようになった。調査インタビューに答えたある主婦は、テレビの影響をこう語っているよ。
「子どもがテレビドラマの会話をまねて困ります。学校にいくとき、『ヘイ、ベイビーいってくるぜ』なんて言うんですよ。」
ナニ ナニが生まれたときには、もうテレビがあって、ナニの子ども時代の思い出はその時やっていたテレビ番組の記憶と結びついている。だから、テレビのなかった時代があったなんて、想像できない。でも、もしテレビがない生活に突然テレビがやってきたら、それって大事件だっと思うな。
教授 テレビの普及率は、なにか特別のビッグな国家的イベントがあるときに、ドーンと伸びるというパターンがあるんだ。たとえばイギリスでは一九五三年のエリザベス女王の戴冠式がそうだったし、日本では一九五九年の皇太子の結婚式パレードがそうだった。また、カラーテレビの普及には、一九六四年の東京オリンピックが関係している。
テレビは、こういう特別なイベントにとって、欠くことのできないメディアなんだ。エリユ・カッツ*7という社会学者は、こういうメディアをとおして繰り広げられる壮大なイベントを、メディア・イベントと呼んでいる。
カッツによると、メディア・イベントでは、ふだんの放送が中断され、生中継が行われ、厳かな雰囲気が演出される。つまり、非日常性、同時性、荘厳性の三つの要素をもつイベントなんだ。そして、そこでは、偉大な人物が活躍して、最後に、社会に和解をもたらす。だから、メディア・イベントをテレビでみる人びとは、展開するイベントにドキドキするスリル、儀式的な陶酔、そして、こんなすごいイベントはすべての人が観なくちゃいけないという義務感をもつようになってしまう。
メディア・イベントには、オリンピックやサッカー・ワールドカップのようなスポーツ・イベント、アポロ十一号の月面着陸*9、皇室の結婚式や大統領の就任式などが含まれる。こういうイベントでは、たいがい特別番組が編成され、どのテレビ局でも同じ中継映像が放送され、どのチャンネルもぜんぶそのイベント一色になってしまう。こういうことは、もっともテレビらしい出来事だよね。メディア・イベントはひとつの国だけでなく、地球的規模に膨らんでいった。テレビの巨大な影響力に、人類が圧倒される時代がやってきたんだよ。
○ モノローグ
ナニは、教授の話を聴きながら、去年、テレビで観たオバマ大統領の就任式のことを思いだした。18歳になったナニは、アメリカでは投票権をもっているから、ナニは、ハワイ出身で、イラク戦争に反対したオバマ候補に投票した。ナニだけじゃなくて、たくさんの若者たちが、オバマ候補に投票した。そして、オバマ候補が当選したとき、ナニは、ほんとうに感動した。そして、たくさんのアメリカ人が、アフリカ系アメリカ人の最初の大統領の就任式をテレビでみつめたんだ。テレビは、国民全体を一気に結びつけるすごい力をもっていると思った。でも、これって、ちょっとこわいなとも、思ったんだ。
 今週は、ここまでね。来週も、テレビの力についてお話は続きます。また聴いてね。

◆語句解説
ビデオエンジニア*0 制作プロダクションや放送局で、映像音声機器の調整、設定、映像編集などにたずさわる職種。VEと略される。
ウインドジャマー*1 風切り音を出さないためにマイクに被せる風防。
アップショット*2 人体を撮影する際の基本ショットで顔面のみを撮影するショット。他に、全身を撮るフルショット、膝上を撮るニーショット、腰上を撮るウエストショット、胸上を撮るバストショットがある。
トリミング*2.1 (Trimming)画面から余分な部分を取り除き、重要な部分を強調すること。
ハーバート・マーシャル・マクルーハン*3 (Herbert Marshall McLuhan)一九一一〜一九八〇年。カナダ出身の文明批評家、メディア研究者。主著に『グーテンベルグの銀河系』(一九六二年)『メディア論』(一九六八年)など多数。
BBC*4  (The British Broadcasting Corporation)英国放送協会。イギリスの公共放送局。
テレビの世帯普及率*5
アメリカのある田舎町*6
エリユ・カッツ*7 (Elihu Katz)一九二六年〜 。アメリカの社会学者。イスラエル政府に招聘され移住。主著にMedia Events(1992)、『パーソナル・インフルエンス』(ラザースフェルドとの共著)など。
シオニスト*8 (Zionist)ユダヤ人の祖国回復運動であるシオニズムに共鳴する人のこと。
アポロ十一号の月面着陸*9 一九六九年にアメリカが打ち上げた宇宙船アポロ十一号が月面着陸に成功した。その模様は世界中にテレビ中継され、数億人の人びとが視聴した。
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2010年08月10日

夏休み特別企画ラジオドラマによる連続大学講座「メディアってなに?」第3話

◆声の出演 
ナニ:三木華子 
教授:内屋敷保 
ヤン:金千秋
原作/脚本 山中速人
構成/編集 金千秋
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第3話
金もうけの王国に亡命知識人がやってきた〜ビジネスとメディアのお熱い関係〜

○ オープニング音楽
ナニ 今週もカッコいいテーマミュージックで始まりました。「ナニの連続ラジオ講座・メディアってなに?」の時間がやってまいりました。みんな、元気にしてる?
さて、今週のテーマは、「金もうけの王国に亡命知識人がやってきた〜ビジネスとメディアのお熱い関係〜」でお送りします。スタジオには、先週につづいて教授をお招きしていますので、じっくりお話を聴きたいと思います。
教授 金儲けの王国って、ひょっとしてアメリカのこと? でも、なぜ亡命者なの? それがどうメディアに関係あるんですか?
教授 先週は一九三〇年代のドイツで、ナチスが感覚系メディアを駆使したプロパガンダでまんまと政権を握り、人びとを戦争に駆り立てていったというお話をしたよね。そして、このプロパガンダを担ったゲッベルスとリーフェンシュタールという二人の人物について取り上げた。言ってみれば、この人物たちは、ナチスの側にくみして権力をほしいままにした人たちだった。しかし、ものには表があれば、かならず裏がある。権力を握った人がいれば、その反対側には、権力に弾圧されたり、排除されたりした人たちがいるものなんだ。
今週は、ナチスに迫害されたり、追われたりした人びとの運命に目を注いでみたいと思う。なかでも、知識人たちに注目したいんだ。というのも、かれらの中に、今日のメディアのあり方やその理解に決定的な影響を与えた学者や思想家がいたから。
ナニさんが十三歳のときに、ハワイに留学した理由を以前聞いたことがある。日本の中学校でいじめに会って不登校になり、崖っぷちに追いつめられたような気分の中で必死にもがいていた。そんなとき、アメリカへの留学が自由への脱出口に思えたんだよね。
ナニ そうよ。思い出すだけでも、胸がつまってくる。本当に出口なしの真っ暗闇の気分だった。そんなとき、アメリカは、光が差し込んでくる窓のように思えたんだよ。
教授 ナチスが政権をとったとき、知識人たちの中には、ナニさんと同様に真っ暗な気分におそわれた人たちがたくさんいた。まず、ナチスが目の敵にしていたユダヤ系の知識人たち。かれらは命の危険を感じていた。たとえば有名な物理学者のアインシュタイン*10がそうだよ。
なかでもアメリカに亡命した知識人は多かった。アメリカは、これらドイツからの亡命者を快く受け入れたんだ。というか、学問や芸術でヨーロッパに遅れをとっていたアメリカにとっては、亡命知識人たちは、ぜひとも来て欲しいおいしい存在だったともいえるよね。
そんな知識人の一人に、ウィーン生まれのポール・ラザースフェルド*19という人物がいた。実は、アメリカに亡命したこの人物が、強力効果理論が支配的だったメディア理論に限定効果理論という新たな展開をもたらすことになったんだ。
ラザースフェルドは、一九〇一年に、オーストリアのウィーンでユダヤ系知識人の家庭に生まれた。ラザースフェルドのユニークなところは、過激な革命運動はしないで、統計学を使って社会主義の理論を説明しようとしたことだよ。そのために、社会心理学に熱中していった。そして、『マリーエンタールの失業者たち』という研究で注目されるようになった。
ラザースフェルドは、その一方、市場調査のテクニックをマスターして企業から市場調査を引き受け、活動資金を稼いだりした。なかなか要領のいい人物だろう? 
ナニ いるいる。こういう要領がよくて現実感覚のある人っているよね。
教授 そうこうしているうちに、一九三三年、かれの研究に関心をもったアメリカのロックフェラー財団*20から招待されてアメリカにわたるチャンスが舞い込んできたんだ。そして、アメリカに留学している最中に、祖国オーストリアはナチスドイツに併合されてしまい、ラザースフェルドは、アメリカに亡命する道を選ぶことになった。
アメリカに渡ったラザースフェルドは、社会主義者として生きたかといえばそうではなかった。社会主義は表には出さず、アルバイトとしてやっていたはずの企業向けの市場調査に活路を見いだした。
そんなとき、ラザースフェルドに、チャンスが巡ってきた。一九三五年、CBSラジオ*21の経営者だったストーンから、ラジオが人びとの意見や行動に与える影響を調査してほしいという研究の依頼が舞い込むんだ。ラザースフェルドはCBSの依頼を受け入れ、巨額の研究資金をバックに研究をはじめた。そして、格の高い大学につぎつぎと転職していった。
ナニ けっこう上昇志向の強い人だったのかもね。アメリカに移住してきたナニの友だちにもそんな人がいたよ。
教授 この時代は、広告媒体としてラジオがアメリカ社会で急成長を遂げていた時代だった。それは、同時に、市場調査の方法も日進月歩した時代でもあった。最初、市場調査は、アンケートを統計的に集計するという比較的単純なやり方が中心だったけれど、だんだん調査方法が工夫されるようになっていった。その先端を走っていたラザースフェルドは、従来の調査方法とは違う方法を発明した。それは、同じ集団に対して時間をおいて集中的に面接を重ねていくパネル調査*25という方法だった。それを使って、リスナーのメディアへの接触と効果を詳しく調べていった。その結果、ラザースフェルドは、強力効果理論とは違う新しい仮説を導き出したんだ。それが、コミュニケーションの二段階流れ理論だった。今日では、限定効果理論と呼ばれているよ。


ナニ 二段階流れ理論? 英語で言うとツー・ステップ・フロー・セオリーでしょう? ほらダンスで、タッ、タッってスキップするイメージね。
教授 そうそう。ラザースフェルドは、メディアに接触する人があらかじめどんな態度や傾向を持っているかが重要だと考えた。それを先有傾向と言うんだけれど、その先有傾向しだいでは、メディアは影響力を行使できないと考えたんだ。たとえば、いくらナチスが強力なプロパガンダを繰り広げても、ラザースフェルドのようなユダヤ系の人には効きにくいんじゃないだろうか。
さらに、ラザースフェルドは、メディアが受け手に影響を及ぼす過程には、メディアと人びとの間に重要な第三者が存在することに気がついた。
たとえば、もし、あなたがパソコンを買おうと考えたとする。テレビではいろんなメーカーが自社のパソコンのCMを流している。あなたはそのCMを見るだろう。でも、CMをみたとたん、あなたはそのメーカーのパソコンを買うだろうか。もちろん、そんなことはないよね。いろんなメーカーのパソコンの中から、自分に合ったパソコンを選ぶ際に、参考にするのは、あなたが信頼している人物だ。それも、パソコンに詳しくて、いろんな情報を判断できるとあなたが思っている人物の意見を参考にするだろう。その人物は、たとえばパソコンマニアの友達かもしれない。このような信頼のおける人物の意見にしたがって、パソコンを買うはずだというんだ。
ラザースフェルドは、このような行動の決定に影響を与える人物のことをオピニオン・リーダーと名づけた。ナニさんは、どう思う?
ナニ そう言われれば、わたしもそう思う。たとえばコスメを買うとき、テレビの言うことより、コスメならこの人って一目置いている人の言うことをきいた方がいいように思うもの。
教授 ラザースフェルドの主張は、こうして強力効果理論が前提としている同時性、全面性、直接性に疑問を投げかけたんだ。でもね、ラザースフェルドはメディアの影響力を過小評価したんじゃない。市場調査に詳しかったラザースフェルドは、マスメディアで広告しても、そんなに簡単に消費者は商品を買わないことを知っていた。そして、その理由を考えたんだろうね。
ラザースフェルドの指摘は、じつに常識的だった。マスメディアの情報は、人びとの個人的な人間関係の回路をとおして、初めて効果を発揮するというんだからね。ラザースフェルドは、その意味で、人間にとっていかに普段の日常的な人間関係が大切かを再認識させたんだ。もともとは亡命ユダヤ人の社会主義者だったラザースフェルドの、隠された心情がここにあるのだとぼくは思うんだよ。
ナニ 強力効果理論は、ナチスのプロパガンダのような悪だくみを二度と繰り返させてはならないという警戒心を持ち続けるのに、とても意義があったと思うの。でも、それは一方で、マスメディアに対するわたしたちの無力を強調してしまう。でも、ラザースフェルドの限定効果理論は、メディアの影響力神話に疑問を感じ、ふたたび日常の人間関係の重要さを教えてくれたように思うよ。
教授 ただし、最後に言っておきたいんだけれど、このラザースフェルドの二段流れ理論が登場したとたん、広告業界ではオピニオン・リーダーに焦点を合わせた新手の広告戦略が工夫されるようになったんだ。広告業界と消費者のいたちごっこは、永久に終わらないのかもしれないね。
ナニ うーん、なるほど。
今週もなかなかためになるお話でしたね。みなさん、いかがでしたか?
来週は、「テレビがすべてを変えた〜強力効果の復活〜」というタイトルでお伝えします。では、またね。

◆語句の解説
アルベルト・アインシュタイン*1(Albert Einstein)一八七九〜一九五五年。ドイツの理論物理学者。相対性理論の基礎を築き、一九二一年にノーベル物理学賞を受賞。
ポール・フェリックス・ラザースフェルド*2 (Paul Felix Lazarsfeld)一九〇一〜一九七六年。オーストリア生まれでアメリカに帰化した二十世紀を代表する社会学者の一人。主著に『パーソナル・インフルエンス』(一九五五年)『ピープルズ・チョイス−アメリカ人と大統領選挙』(一九四四年)など多数。
ロックフェラー財団*3 (Rockefeller Foundation)石油王だったジョン・ロックフェラーの遺志をうけ、一九一三年に設立された慈善事業を目的とする財団。
CBSラジオ*4 (Columbia Broadcasting System)一九二七年に設立された放送局を前身にもつ放送ネットワーク。現在のCBSの前身。
パネル調査*5 一定の期間固定した対象者に、同じ内容の項目を定期的に質問する調査方法。対象者と調査項目が同じであるため、時間の経過による変化を把握することができる。

posted by FMYY at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ポッドキャスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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